和えるは、日本の伝統を次世代につなげる会社です。私は会社を「和えるくん」と呼び、息子のように8年間育ててきました。大学時代、法律の授業で「人間以外で人格を有するのは法人格のみ」と聞き、22歳で起業した際に、社長というよりも、和えるくんのお母さんになったという感覚でした。ベンチャーは3年で黒字化して株式上場を目指すというイメージがあるかもしれませんが、私はこの子が成人する20年を、経営の時間軸にして、会社の成長を設計していこうと創業時に決めました。お金がないのに難しい小売業から始めたのも、20年あると捉えていたからこそ。不確実性の高い時代において、創業時に自分がどんな経営をするのかしっかり考えたことで、会社に哲学が生まれました。暮らしの中で日本の伝統に出逢い触れる機会を生み出すことで、心の豊かさを次世代につないでいきたいと考えています。 

ジャーナリストを目指していたので、大学生時代3年間、ある会報誌で伝統産業の職人さんを取材する連載を担当させていただきました。取材するうちに、自分の暮らしの質感や豊かさが変わっていくのを実感。20歳になって初めて漆のお箸でご飯を食べたら、すごく気持ちがよくて、毎日の食事がこんなに豊かになるのなら早く出逢えていたらと思ったのです。これが私の原体験に。将来は、赤ちゃんや子どもたちに伝統産業品をお届けして、ものを通して伝統を伝えるジャーナリズムに挑戦したいと考えるようになりました。しかしながら、探してもそのような仕事はなく、それならば自分で仕事を作ろうとビジネスコンテストに出場したところ、優秀賞をいただき、賞金を資本金として2011年に創業しました。

私は、経営者はデザイナーであるべきだと思っています。理論の積み上げで出せる答えには限界があり、哲学がなくなってしまう。私自身は直感からスタートして言語化するアートシンキングのタイプで、どんな社会が到来したら美しいかを日々、脳内で描いています。これからの時代、アート志向で経営する起業家が増えてくるのではないでしょうか。

私たちのビジネスモデルは、アートシンキングで生まれています。赤ちゃんや子どもたちに五感を通して伝統を伝えられたらいいなぁ、ホテルのお部屋で日本の伝統と共に暮らす心地よさを体感できたら素敵だな、大事なものが壊れても直せるようにお直し事業を用意しておいた方がいいな。弊社では、日本の伝統が次世代につながる、三方良し以上、文化と経済が両輪で育まれるという3点が達成されるなら、どんな事業をやってもいい。社員が自分で新規事業を考えられるようにしています。

私はビジネスを考えなければと思ったことはなく、さらに美しくなることを思いついたら、どうやって実現させようかなと、湧き水のようにアイディアとやる気があふれ出てきます。それは、自己と日々対話し、自身の気持ちに素直に生きているからこそ、、湧き水のように頑張らずに継続できるスポットに自分を置くことができる。モチベーションを上げる必要がないのです。 

社員は、和えるくんのお兄さんお姉さんという位置づけです。自社のHPだけで社員を募集しています。採用ページには、新聞3ページ分の文字が並んでいます。読むのも時間がかかりますし、提出物もそれなりにあります。ですから結果として、熱い思いを持った応募者に絞られます。入口で和えるくんのことを理解していただけるように設定することで、お互いミスマッチなく採用に進めるので、、理想に近い人と出逢いやすいようににデザインしています。日本の伝統を次世代につなげたいという思いを持った人が集まっているので、社員のモチベーションを上げる必要がなく、労務管理がラクです。 

伝統産業は奥深い世界なので、10年でやっと理解が深まります。ですから、赤の他人でファミリービジネスという感覚で、終身雇用を基本にしています。社員とは、どんな暮らしをしたいか、そのためには、どのくらい稼ぐ必要があるのか、というリアルでありながら哲学的な話をすることもあり、暮らしのデザインも含めて会社をデザインしています。 

弊社は業種業態が多岐にわたり、小売のほかに、aeru re-brandingという企業の本質を磨き出す事業、”aeru school”社員が講師となり、ワークショップ形式で日本の伝統を通して、考える力=哲学する力を育む事業、”aeru room”ホテルのお部屋に、地域で受け継がれてきた魅力を集め、次世代につなぐ事業などがあります。不確実性の高い社会の中で、いろんなビジネスモデルの事業を持っていた方が、しなやかに対応できる会社であり続けられて安心だと思っています。

消費者から暮し手へ。企業が文化を生み出すことで、消費させる対象ではなく、豊かに暮らす暮し手を生み出し、それが回りまわって企業の成長につながると信じています。私たちはジャーナリズムを柱にしているからこそ、この信念を貫けるのではないかと思います。これからも伝統に出逢う機会を生み出し、心豊かな社会を次世代につないでいきたいです。

質疑応答

伝統産業は、動物の皮や希少な植物などの、原材料の問題を抱えているのではないでしょうか。 

材料が手に入りにくいのは深刻な問題です。例えば、漆は中国に9割以上頼っています。中国産の値段は高騰し続けています。国宝や文化財の直しは国産を使うことになっており、通常使いには国産漆は、全く足りていない状況です。昔ながらの製法では、15年前後かけて育てた木から漆を採っていましたが、もっと早く採れる技術を開発する団体も出てきました。漆の刷毛に使う髪のドネーションも始まっています。昔ながらのやり方を残しつつ、新たなことも取り入れながら、国内で持続的に原材料を供給できるように検討する時代に入っています。 

今の合理化社会に馴染んでしまっている人に、どのようにアプローチしますか。 

まさに課題だと思っております。“aeru school”を企業の福利厚生や研修に導入しませんかと働きかけています。日本の文化に触れることで、心の豊かな社員が増え、クリエイティビティが上がり、新規事業を生み出すことにも役立つとお伝えしています。 

あまり伝統に触れることがない10代に普及させようという考えはありますか。 

今はSTEAM教育が注目を集め始めて、日本でもアートが重要な科目と捉えられるようになってきます。そのアートの部分を、日本の文化という形で教育現場に届けようという取り組みを模索しています。 

今後、心の豊かさが重要視されて、矢島さんのビジネスをマネする企業が出てきそうです。御社が勝ち続ける競争優位性はどこにありますか。 

ベンチャーでありながら、「文化教育の分野では和えるさんだよね」と言っていただけるように社会とつながり続けることが大切だと思っています。あとは社員の人材の質を上げ続け、「やっぱり質感が違うよね」と言われる会社であることです。価格競争に巻き込まれず、いただいたお金以上のパフォーマンスを出せることが、静かに勝ち続ける方法かなと思います。 

新人教育はどうしていますか。 

全社員が全プロジェクトのことを分かるように情報を開示しています。新人教育は、メールのお問い合わせの下書きをしてもらい、言葉遣いや和えるらしい表現をチェックします。すぐにお客さんの前に立たせず、修正できるメールから学びが始まります。 

自身のデザイン、アントレプレナーシップ、デザインはどう醸成されてきましたか。 

子どもの頃から自然にメタ認知をして、自分と対話してきました。自分自身が安定していると、物事を客観的に判断する力や問題発見解決能力、感じ入る力がついてくる気がします。日々の暮らしの中で、自然とアントレプレナーシップを磨き続けているように感じます。

ゲスト講師 矢島里佳(株式会社和える 代表取締役)
モデレータ 徳久悟(九州大学大学院 芸術工学研究院)
開催日時 2019年11月21日(木)18:30~20:30
会場 九州大学大橋キャンパス7号館1階ワークショップルーム
参加 33名