プロジェクト概要

本プロジェクトでは、次世代を担うイノベーション創出人材の育成に向けて、デザイン×ビジネス×アントレプレナーシップを融合した新教育プログラムの開発を進めています

趣旨

本構想では、本学の特長であるデザイン学、ビジネスマネジメント及びアントレプレナーシップ教育を融合した新しい大学院教育プログラムを開発し、大学院芸術工学府内の新しい教育課程の開設を目標にしている。具体的には、経営管理の知識・スキルと起業家精神を備え、デザイン力を用い、世界的課題解決に取り組みイノベーションを創出する、次世代の高度デザイン人材を育成する「クリエイティブ・リーダーシップコース(仮称)」の創設を目指す。同コースは、課題に挑戦するため新たな事業価値を創造し、社会にイノベーションを生み出し、国際社会で持続的に活躍する新世代リーダー育成を目指す。また芸術工学部だけではなく、共創学部からの進学者の受入れや、学府横断的カリキュラムを提供することで、大学院生が学府の垣根を越えて異分野融合できる環境を整備する。

イノベーション創出人材の育成と新たな教育プログラムの開発・新専攻設置構想の概略図 イノベーション創出人材の育成と新たな教育プログラムの開発・新専攻設置構想の概略図
共同教育プログラムの開発と新専攻の新設に関する教育体制のイメージ図 共同教育プログラムの開発と新専攻の新設に関する教育体制のイメージ図

背景

政府は、イノベーションを生み出す規制改革の実施を掲げ、ビッグデータ、AI(人工知能)、水素エネルギーなどを活用した技術革新やダイナミックなサービス展開の実現に向けた政策を示した。日本が世界をリードしていくためには、AIや5Gがもたらす変革による産業構造の変化に、迅速に対応していくことが求められている。2018年に提案された経済産業省・特許庁の「デザイン経営宣言」*1によると、デザインを重要な経営資源として活用し、ブランド力とイノベーション力を向上させるデザイン経営が提唱されている。具体的には、経営チームにデザイン責任者がいること、事業戦略構築の最上流からデザインが関与することが求められており、ビジネス・マネジメント、アントレプレナーシップに関するリテラシーがデザイナーに求められつつあることが分かる。

国内においては企業活動におけるデザインの貢献が期待されているが、世界に目を移せば、地域課題やグローバルレベルでの課題に対するデザインの貢献事例が目立つ。地域課題については、イギリスや北欧では、自治体の抱える課題を解決するためにサービスデザインの手法を導入してきた。また、MDGsに関連した課題を解決するために、MITやStanford Universityでは、実際に途上国や先進国の貧困地域にデザインの手法を導入してきた。現在の国内の教育研究機関を鑑みるに、企業・地域・グローバルといった3つのレベルにおいてデザインの方法論を駆使し、人間中心主義に加えて地球中心主義の観点から、新たな価値提案や課題解決を実践可能な人材の育成能力は非常に乏しい。また、社会構造・産業構造の複雑化・多様化・国際化に伴い、企業や自治体、NPO、NGOの内部でのOJT(On the Job Training)方式では、人材育成が困難となっている。

*1 経済産業省(2019) デザイン経営宣言, Retrieved August 15th, 2019, from https://www.meti.go.jp/press/2018/05/ 20180523002/20180523002-1.pdf

2019年の取組

上記の背景から、企業活動の変化や先進の教育現場の現状を確認すべく、2019年6月から9月まで国内の企業と国内外の大学・研究機関に対してインタビューを実施し、次のような知見が得られた。

企業の求める人材像

企業活動の変化にもとづき、企業の求める人材像も変化している。企業の求める人材像に関する知見を獲得すべく、2019年6月から8月の期間、16の国内企業に対してインタビューを実施した。16の企業は、事業会社やコンサルティング会社といった事業内容の軸、事業セクターの軸、福岡の地場企業と東京を中心とする県外企業といった場所の軸など、複数のパラメータを設定した上で選定した。インタビュー結果のテキスト分析を行った結果、次の企業の求める人材要件に関連する様々な概念を得られた。

デザインへの期待

デザインに関連する概念として、新たな体験価値の提案(株式会社ゼンリン、アクセンチュア株式会社、株式会社シグマクシス、東京大学大学院)、ビジョン・メイキングの必要性(TOTO株式会社、パナソニック株式会社)、イノベーション創出のアプローチ(野村證券株式会社)を得た。

アントレプレナーシップへの期待

アントレプレナーシップに関連する概念として、新たな事業創出(キッコーマン株式会社)、課題創出力(九州旅客鉄道株式会社)、チーム・コミュニケーションの必要性(福岡地所株式会社)、不確実性への対応(ソニー株式会社)を得た。

新たな人材像

多様性と協働(西日本鉄道株式会社、株式会社シグマクシス、アクセンチュア株式会社)、越境人材・多能性(ヤフー株式会社、コニカミノルタ株式会社、株式会社シグマクシス)といった要件に対する期待が強いことが分かった。

世界の教育のトレンド

世界の教育のトレンドに関する様々な知見を獲得すべく、2019年7月から9月の期間において、15の国内外の大学・研究機関に対してインタビューを実施した。大学・研究機関の選定にあたっては、デザイン、ビジネス、アントレプレナーシップ(リーダーシップ)のうち複数の要素、ないし全ての要素の具備、短期プログラムではなく、certificateや学位の授与などの要件を設定した上で選定した。インタビュー結果のテキスト分析を行った結果、次の世界の教育トレンドに関連する様々な概念を得られた。

レクチャーから
ワークショップ・プロジェクトへ

単純な座学を通じた知識の伝達ではなく、ワークショップやプロジェクトを通じた体験による学習が採用されている(Illinois Institute of Technology Business School、Delft University of Technology、Kaospilot)。また、プロジェクトを通じた複数リテラシーのインテグレーションが求められている(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)。単なる座学はMOOCによって代替可能であり、大学という実際の場でなければできない体験の提供を追求した結果であると考えられる。

外部パートナーシップと
コンソーシアム

プロジェクトは大学単独で実施するよりも、企業・NPO・自治体などとのコラボレーションが重視されている(Delft University of Technology、Kaospilot、Aalto Design Factory、POLI.design)。大学の研究成果を実社会の課題と結びつけることで、社会的インパクトを生み出そうという動きにもとづくものである。また、これらのプロジェクトは、コンソーシアム参加企業との共同研究といった形で実施されており、国内(京都大学)でも同様の動きが見られる。

プロジェクト評価のための
ルーブリック

教員・学生が参照可能なルーブリックを作成し、プロジェクトの評価に利用する(Delft University of Technology、Kaospilot)。企業・自治体・NPOをパートナーに迎えるプロジェクトでは、プロジェクトのゴールに加えて、関与する教員のバックグラウンドも多様であることから、プロジェクトの立案から評価に至るまで参照可能なルーブリックは、共通言語として機能する。

イノベーション・スペース

イノベーションは場所によって加速するとの考えが指摘されているように(日本デザイン振興会)、各機関は様々なイノベーション・スペースを提供し、プロジェクトを実施している(Aalto Design Factory)。これらのスペースは、かつてコマンドセンター*2、ウォールームと呼ばれており、プロジェクトが終了するまでの一定期間、プロジェクトに関連する全ての情報を集約・維持し、プロジェクトの円滑な進行を実現するために不可欠であると考えられている。

*2 Abdul A Jaludi (2014) Command Center Handbook: Proactive IT Monitoring: Protecting Business Value Through Operational Excellence, CreateSpace Independent Publishing Platform, Scotts Valley, US.

加えて、武蔵野美術大学、情報科学芸術大学院大学、Babson College、京都工芸繊維大学、東京大学ischoolなどからも様々な知見を得た。

上記のインタビュー内容や分析結果を含め、5回の学内セミナーと2回のシンポジウム*3を通して得られた知見を本冊子にまとめ、広く共有するとともに、我が国の政策課題や産業界のニーズに対処しつつ、本学が掲げる戦略の一つである「イノベーション創出と牽引」を実現するために、本学の強みであるデザイン学とビジネスプロフェッショナル教育、並びにアントレプレナーシップ教育とを融合し、真のイノベーション人材を育成する、新たな教育のコアプログラムを開発・実施する。

*3 第2回シンポジウムは、国内外での新型コロナウィルス(COVID-19)の感染が拡大する状況を鑑みて、中止いたしました。