地方は語義的には東京の対義語とされていますが、福岡という地域の特性について教えてください。

地域の課題というのは、隅っこから詰めていくという発想じゃないとうまくいっていない事例が多いです。地理的な結論として、1000キロは地方が依存をあきらめるいい距離なんだそうです。例えばアバウトですが、中国だと、北京ー上海ー広州それぞれの都市間が1000km。福岡ー東京も同様で、このように主要な都市が形成、配置されています。福岡は東京へ日帰りで行けるかどうかギリギリの距離です。だとしたら、地政学的には、東京依存をあきらめるいい距離なんですよ。
福岡は、東京の人から見ても、元気なんじゃないでしょうか。そして、コンパクトなところが良いですね。要するに、東京の新橋だと終電間際の時間になると街がざわめき始めるけど、福岡は一切関係ない。その違いは大きいという話はあります。

省庁のデザインをめぐる動きについて教えてください。

デザインを活⽤した経営⼿法の推進は、実は4、5年前から取り組まれています。一昨年、経済産業省と特許庁が「デザイン経営宣言」*1を打ち出し、内閣府は事業者に「経営デザインシート」*2の活用を促しています。東京都では、中小企業とデザイナーのマッチングイベントを(本振興会が受託して)行っており、応募の際に企業の方に経営デザインシートを書いてもらっています。例えば、江戸切子の技術を持っていて、販路を増やしたいからデザイナーにお願い、ではなく、自分の会社はこういうビジョンがあって、これからこうしないといけないという課題を明示してもらう。デザインは本来、最後の意匠だけではありません。さらに、デザイナーは提案書をまとめる人としか定義されていなくて、そうではないことを理解していただくために本振興会は活動しています。最近は、デザイナーにも共同作業で経営デザインシートを作成してもらっています。効果としては、飛躍的に提案書のマッチングレベルが上がりました。

*1 デザイン経営宣言
経済産業省・特許庁は、2017年7月に有識者からなる「産業競争力とデザインを考える研究会」を立ち上げ、11回にわたる研究会の議論の結果、デザインによる我が国企業の競争力強化に向けた課題を整理し、2018年5月にリリースした報告書。
詳しくはhttps://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/kenkyukai/kyousou-design/document/index/01houkokusho.pdf

*2 経営デザインシート
内閣府の知的財産戦略推進事務局が2018年5月にリリースした、将来に向けて自社が持続的に成長するために、将来の経営の基幹となる価値創造メカニズム(資源を組み合わせて企業理念に適合する価値を創造する一連の仕組み)をデザインして移行させるための思考補助ツール。
詳しくは首相官邸HP トップ > 会議等一覧 > 知的財産戦略本部 > 経営をデザインするhttp://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/index.html

経営者にデザインを学んでもらうのと、ボードメンバーにデザイナー出身のCDO(chief design officer)やCCO(chief creative officer)みたいな人を入れましょう、という両方の動きがあるのでしょうか?

ストーリーとしてはそうですけど、実際もう少し深読みすると、そこまでいってないんですよ。例えば、経営者に「デザイナーを役員にしましょう」と言っても、経営者の人たちは「どうして?」となります。従って、経営者がデザインを自分ごととして使えるように、まずは経営者に、デザイナーをボードメンバーに入れる必要性を理解してもらう必要があります。経営者が理解しないまま話を持っていっても、「デザインなんて分かっているよ」となってしまいます。経営者はデザインの概念は分かるけど、自分ごととして使えない。ダイソンなど、特に生活用品をうまく作ることができている会社のように、CDOやCIOが在籍するかではなく、”C×O”の価値を理解した会社として経営され始めると、放っておいてもうまくいく会社になるのかなと思います。そういう人材育成をしなければいけないときが来ていますね。

今後の本学の立ち位置について、ご意見をお聞かせください。

九州大学(以下、九大)はイノベーションエコシステムの地域の中核をなすべきで、イノベーションを起こす人材をどう育てるのか、そのあたりが肝かなと思います。フィンランドのエスポー市には、Aalto大学があります。Aaito大学が地域のイノベーションセンターとして機能しているように、九大も同じことが期待されていると思うし、機能を発揮できると思います。
もともと北九州市と福岡市の違いは、二次産業と三次産業という産業基盤の違いですよね。工業用地も工業用水もなく、福岡市はサービスに特化した形で大きく成長してきました。そして福岡市には様々な施設=「場」がたくさんあると思っています。にもかかわらず、イノベーションを起こす人材が十分いないとしたら、やはり九大がそれを担うべきではないかと思います。

ビジネスコミュニティ形成では、例えばWeWorkのコミュニティマネージャーの存在が注目されています。これまでの箱だけ作ればいいという考え方から意識が変わってきています。

「箱があるとイノベーションが加速する」と言っていて、「箱があればいい」とは言ってないんですよね。人(人材)がいて、目的や情熱があって箱があると、その箱の中でいろいろな人たちが集まって知恵を出し、イノベーションが加速する。前提として、場があればいいと言っているわけではないのです。箱の中にはプログラムやプロセスなどの方法論や学問的、学際的知識やノウハウも必要です。そういう箱を「Ba」と表記して「WISE PLACE(賢い場)」と呼んでいます。「WORK PLACE(働く場)」ではなく「学校」でもない新しい『PLACE』です。どういう人材を今取り組まれている新教育プログラムで生み出すのかが鍵になると思います。プロトタイピングしてモノを作るといった、従来のデザイナー的な人材を育てるのか、従来のデザイナーの枠を超えた、問題発見から社会実装まで一貫したデザインをリードしていける人材を育てていくのかという点においても、すでに九大の中にある教育プロラムとは次元が異なると思います。九大だからこそ、この新教育プログラムを実現し、やり遂げられることを期待しています。