最初に、ご経歴と現在のお仕事について教えてください。

修士過程修了後、世界的金融大手のシティグループで主にテクノロジー企業を担当していました。その後、大学に戻って今は東京大学の松尾豊研究室という、ディープラーニングで有名な研究室に籍を置きつつ、スタートアップ支援をしています。その一貫で、AIに軸を置いたスタートアップのインキュベーションとベンチャーキャピタルを手掛けるDEEPCOREの業務にも従事しています。DEEPCOREでは、ここKERNELというコワーキングスペースを運営していて、出資先のスタートアップのほか、AIや起業に興味がある学生・エンジニアが集まってきています。この他にも様々なことをさせてもらってますが、website(https://kazuyatanaka.com/)を参照ください(笑)。

今のお仕事で、特に醍醐味となるところは?

もともとシティグループにいたということもあり、今「お金」の分野は非常に興味深いです。これまで世界的に大きなお金を動かしていたのは投資銀行などの大手金融機関で、すると顧客や投資対象になるのは大企業ばっかりなんですね。でも、世界のイノベーションをドライブするのはスタートアップだという認識がまず広まり、次いで、その動きがあるのはシリコンバレーだけだったのが世界中に広まっていって、規模が小さい企業、さらに個人でもアイデアがあるところにお金が集まるようになってきました。

先進国で大企業にいないと先進的な取り組みができない時代は終わり、個人が力を持てるようになった。スタートアップを発掘して育て、投資に従事する身としては、良いアイディアを持っている人がちゃんと日の目を見られるような状況にできればお金が集まっていく。今まで法人の大きさだけが足りないなど本質的ではない理由で様々な業界にエントリーできていなかったところに新たなコンペティターが参入していけるというのは、経済全体で見ると非常に良いことではないかと。

そうした新しい時代の中で価値を創造するとき、必要になることとは?

そういうカルチャーがある場所に身を置くことですね。例えば、松尾研では後輩が先輩に進路を尋ねて、就職するって言うと「えっ、起業しないんですか、なんで?」ってなるんですよ。福岡の一部でもそうですよね。起業が当たり前のオプションになりつつある。起業は一つの例ですけれど、要は、普通の人が交わす普通の会話で、何か新しいことにチャレンジするのが当たり前となる環境に身を置いていると、自然と視座が上がるし知識もスキルも上向きになります。

起業する、あるいは大学を出て即スタートアップで働くって、日本だとなぜかリスキーだと言われるんですが、全然そんなことない場所も世の中にある。実際、スタンフォードを出てスタートアップにジョインする人って、実は安定志向でリスク回避的な可能性もある。なぜなら、新卒で例えば大企業の研究所に就職しても、大きな組織の一員で、数年働いたところで全体像は見えないし、身につくスキルだって限定的なので、そちらの方がリスクであると考える人も多い。それよりも立ち上げ初期のスタートアップで組織づくりからプロダクト開発からマーケティングから顧客管理まで一通りやってました、っていうほうが明らかにその後任せてもらえる仕事、責任のオプションが広がります。「つぶしがきく」と言ってもいい。転職が当たり前のマーケットでは、スタートアップにいくのがリスク回避的である可能性がある、というのはそういうことです。それが結果として新しい価値、イノベーションを生み出せる人を全体として量産していく社会的な仕組みになっている。

価値創造を担う人に共通する特長とは?

2つ重要なことがあると思います。やりたいことを自覚的に決められることと、それが社会とどういう接点を持つのか、そこにどんな価値がどれだけあるのかをコミュニケーションできることですね。

WEBサイトを作りました、UIUX設計しましたと。じゃあ、それいくらなの、君にいくら払ったらいいの、と聞くとほとんどの学生は戸惑います。でも、それを考えて、説得材料になる根拠を調べるのも君の仕事のうちだよ、って言うとそれなりに動いて、WEBなら似たページを探して、それを作った会社やデザイナーを見つけ、そこがどれくらいのフィーを取っているのか調べて、でもそこまでのクオリティは自分が作ったものにはないから…とか考える。こうやって、まず価値を作ってみて、それを他の人に納得してもらえるようにする、具体的にはお金をちゃんともらうところまでデザインできる人は、イノベーションやスタートアップという世界と相性がいいと思いますね。そして、そのやり方というのは学習と経験を通じて身につけられるものです。