最初に、お仕事の内容を教えてください。

「サービスデザイン」をキーワードに人間中心設計の手法をコアに、サービスや事業を作っています。また、その作り方をクライアント企業様にお伝えするチームのディレクターをしています。いわゆるコンサルティングの枠を超えて、クライアント側に入り込み、ともに靴の底をすり減らしながら事業を作っていく仕事です。

今のお仕事で、特に醍醐味となるところは?

自らが追求する領域の学びや信念を仕事に落とし込み、その手応えを感じられることでしょうか。

ここ数年は、マサチューセッツ工科大学(MIT)マーティン・トラスト・アントレプレナーシップ・センターのマネージング・ディレクターを務めるビル・オーレット氏が提唱するアントレプレナーシップ教育メソッドDisciplined Entrepreneurshipを事業開発のプロセスに導入しており、明確に手応えを感じています。そこで示されている「24ステップ」という手法を用いて、複数のプロジェクトを支援しています。我々のクライアントは大企業が多く、そこでの事業開発はいわゆる「イントラプレナーシップ=企業内起業」になりますが、この24ステップは社内の新規事業にもそのまま応用できます。

もう一つは、「経験価値」を産業レベルにまで高めることです。Experience Economyと呼ばれていますが、心の豊かさをきちんとビジネスにおける価値に落とし込む。そこでは「デザイン」ということを強く意識しています。チーム名にもデザインとありますしね。

デザインの対象は7つあって、「顧客体験」「顧客体験を実現するプロダクトやサービス」「価値を伝えるためのインタラクション」、この3つが上位概念となります。その上で、3つの概念を支える「システムデザイン」「組織デザイン」「自前主義ではなく、オープンに枠組みを作るエコシステムデザイン」、最後に「事業として成立させるためのビジネスモデルデザイン」となります。

そのプロセスを構築していく上での人材要件とは?

人の思考は、その人が得意な視野でしか見られないのが普通で自然なことだと考えています。ですから、その視野をできるだけ多く集めることが大事です。財務を見る人、デザイナー、ユーザーサイドが得意な人、ビジネスサイドが得意な人など。多様な強みが集まればその分、やれることの幅も広く、チームとして強くなる。こうした複合チームで新しい価値を生み出すときに欠かせないのが、アントレプレナーです。様々な強みや視点がミックスされたとき、このプロジェクトではどこに軸を置くかを決め、優先順位や役割を決め、チームをうまく動かしていく。全体を見てファシリテーションする能力が、アントレプレナーには必要です。

もちろん、こうしたプロセスは一発必中とはいきません。プロジェクトワークを通じて多くの経験を積んでいる我々であっても、同じです。だからこそイテレーション(iteration)、つまり反復のスピードが重要になってきます。しかし現状では、このイテレーションが課題となるケースが多いように思います。特に企業内起業の場合は、考えることに時間をかけすぎてしまい、3か月あれば3回はイテレーションができたのに1回しかできない、またはイテレーションなしでいきなり本番を作りにいく、そんなことが起きます。逆に、まずはやってみて失敗し、失敗から何かを学び取ってまたすぐ試せる。これをスピードを維持しながら繰り返せるチームは、他のチームと比べて競争力が高くなります。

ゼロから事業も組織も立ち上げるアントレプレナーと違い、既存の仕組みの中で新しい事業を作るイントラプレナーには、多くのステークホルダーが存在します。複雑な関係性の中で、周囲を巻き込み仲間にする粘り強さとコミュニケーション力が、彼らがブレイクスルーできるポイントになります。組織や領域を超えてでも、自らが追求する価値を訴求できるか否かは、その先も成長できるかの分かれ目になりますね。

そうした人を育成するには?

最初からスーパーマン、スーパーウーマンというケースはありません。分からないことがあったらすぐ相談できる人が側にいる、新しいアイディアをすぐ試せる、失敗をとがめられることなく、むしろ失敗から学びを得ることを推奨される、そんな環境が必要ですね。

もちろん、指導や介入が必要な場合もあると思います。若い人材に多いのが、自分のアイディアに凝りすぎて周囲を遠ざけてしまったり、イテレーションのスピードが遅くなるケースです。そういうクセは周囲が歩み寄って気づきを与え、早めに直しておいた方がいいでしょう。

自分の軸は持ちつつも、他の領域も分かるという人材は重宝がられますね。例えば、MBAホルダーとして精力的にビジネスを進めることができる一方で、デザインについてもよく分かっている、というような人材。例えるなら、オーケストラの指揮者のイメージです。一つひとつの楽器の特徴も分かった上で全体を見て、多様なメンバーを調和させて一つの美しい音楽を奏でられる。今の時代、専門家はあふれていますから、彼女ら彼らを活かす力が求められるのです。もちろん、最初からは無理ですから、経験学習を積むことです。まずは入口である学校で、そうした意識を持ちながら素地を作ることは、変化がますます激しくなり、さまざまな人の交流が爆発的に増えていくこれからの社会でイノベーションを創りだしたいという人にとって、大きな財産になるでしょう。